愛してるよ2015年01月09日 05:01

 照れるなあ「愛してるよ」だって!
 まあ、なんていうか?若かりし頃、唄いました。この唄、、、最近は、もう、そんな年代でないというか、唄う気になれません。
 拓郎さん。おいおい!とでもいうのでしょうか?拓郎さんはずいぶん「愛してる」という言葉を口にするのをためらっていましたが、まるで腫れ物が落ちたかのように「愛してるよ」を連発しております。
 拓郎さん、それはないよ、、というところですが、まあノリのよい曲なので深くは追求いたしません。
 詩は松本隆さん。(おっと追求しているわけじゃないのよ)明るく前向きな歌詞であります。

 12回ほど、「愛してるよ」を繰り返しているでしょうか、、私にはちょっと違和感を感じる唄でもあります。

あいつの部屋には男がいる2015年01月09日 05:05

「あいつの部屋には男がいる」
 期待されると困るので最初に書きますがこの曲好きじゃないんです。
 こういう軽いノリの恋愛ものってのは好きじゃないんです。この曲は「僕笑っちゃいます」だったような気がしますけど、、、違いましたっけ?
 でもまあ、シャワーがつけっぱなし、、、とか、タバコは吸わないはずだぜ、、というあたりの詩はまあいいかなあなどど思ってしまうのです。
 この曲は「マラソン」に入っていたのですね。結構軟弱なイメージがあったので、そのころの「情熱」とか、、「情熱」については、アルバムが出る前からコンサートでは結構唄われていて、唄い方はもっとスローでそちらのほうが、私としては好きだったのですが、、、
 とにかく、そのころは、あまり好きじゃないですね。
 このころからしばらく、コンサートの最後のほうで「今夜も君をこの胸に」などを大合唱させられていたりして、、、唄ってしまう私も私ですが、、
 このころは、拓郎さん。恋をしていたのでしょうか?惚れた弱みとでもいうのでしょうか?
 今回は字足らず、、、、
 
 追記
 アパート暮らしの方とはお付き合いしたことないですし、私もアパート暮らしをしたことがないので、ちょっとこういうのに「うらやましさ」を感じるのも事実であります。

アジアの片隅で2015年01月09日 05:06

 たいした意味は無いのですが、とりあえずアップせねば!と思った次第であります。
 そう、この唄は私が自分のホームページ作成にあたり名前を付けるのに使わせて頂いた(ヒントとさせて頂いた)唄であります。もちろん私は生れも育ちも日本でありまして、ずっとそのままです。
 で、です。地図上では「アジア」という認識は小中学校の教育で知っていたのですが、あまりアジアには馴染みが無かったのです。まあ、アジアには華がないというのでしょうか?確かに音楽にしてもアジアの音楽はラジオから聞こえてこなかったと思います。
 そんな折り、この唄を聴きまして、、、ああ、自分は「アジアの片隅」で生れ、「アジアの片隅で」このまま生きていくんだなあ、、と思ったのです。
 ホームページを作成するときも、その内容は、あくまで、アジアの片隅で暮らす一人の人間の声でいいんじゃないかと、、そんな思いがあったからです。
 で、まあこの唄の話に戻りますと、びっくりしちゃいました。歌詞に、、強烈の一言、、なんでこんな唄うたっちゃうの?みたいな、、、
 でも、なんか納得してしまうような歌詞が、私を引きつけます。

♪ひと晩たてば頭に彫った誓いがくずれ落ちて 暮らしの荒野が待ち受けるだろう
 甘ったれた子供達は 権利ばかり主張するだろう♪

♪ひと晩たてば 働いて働きづくめの男が 借りた金に滅ぼされるだろう
 それでも男は政治などあてにしないだろう♪

 というわけで、「アジアの片隅」であります。
 でも、まあとにかく「狂い酒」が今一、分かるような分からないような、、、

明日に向って走れ2015年01月09日 05:10

「明日に向って走れ」です。この唄は、唄う。と言う点でいうと、とても唄いにくい唄です。(いい唄なんだけどなあ)
 なんて言うか、「この肩の重き罪を明日は解き放て」というフレーズが、なんかいま一つ元気が無いような気がしますね。ま、そこだけ元気でも曲のイメージがぶち壊しでしょうけど、
 この唄は、自分自身に唄いかけている唄なんでしょうかねえ?なんとなく、決して、「さあ、みんな!」という感じではないですよねえ。 
 余談ですけど、「すべてを失ってもまだ明日が残っている。」という言葉があって結構好きなんです。いや、未来が残っている。だったかなあ?
ま、いろいろ自分を元気づける言葉があるんですけど、「泣いても一生。笑っても一生」笑って暮らしましょう。

いつも見ていたヒロシマ2015年01月09日 05:11

「いつも見ていたヒロシマ」であります。
 この「ヒロシマ」というのが、カタカナであるということが題名からもあることを予想させます。
 学生のころ、夏休みで、今日も暑いなあなどと起き出しテレビをつけると、その日は8月6日で「ヒロシマ」が映っていました。ヒロシマの人達がその日をどんな思いで迎えているのか、私にはわかりません。でも、そこからは「焼けつきた都市から 確かな愛が聞こえる」でした。
 私は、ギターを持ちだしテレビ中継を見ながら、何度も「いつも見ていたヒロシマ」を唄いました。それ以来、この時期になると、この唄が頭から離れません。
 
 八月の光がオレを照らし コンクリートジャングル 焼けつく暑さが
 オレの心をいらつかせる いやせない みたせない なぐさめもない
 深い祈りと 深い悲しみ 渇いた心をかかえて 
 オレはどこへ行こう 君はどこへ行く
 時はおし流す 幾千の悲しみを 時は苦しめる 幾千の思い出を
 焼けつきた都市から 確かな愛が聞こえる
 子供らに オレ達が与えるものはあるか 安らかに笑う家はいつまであるか
 いつもいつも遠くから遠くから 見ていたヒロシマ
 
 追記
 Bm7は実は苦手でして、「子供らに、、、」は緊張してしまうのです。